久々に一本

 あの人は、突然するりと現れて、するりと私の心に居座った。しかも、それが私のいびつな心の隙間にぴた、とはまったものだから、とてもとても困っている。
 あの人はあまり自分の意思というものを持たず、どこに行きたいですかと訊ねれば、君の行きたいところに、と答え、何が食べたいですかと訊ねれば、君の食べたいものを、と答えた。一見私の意見を尊重してくれているようにも思えるけれど、これではあの人の行きたいところへ行き、あの人の食べたいものが食べたいという私の意思がまるで無視されている。あの人は、それに気付いているにもかかわらず、気付かないふりをしているのだ、きっと。

「李津の声は綺麗だね」
「それはどうも」

 初めて声を誉めてくれた時、私の名前は、泣き声が産まれたばかりの赤ちゃんとは思えないくらい綺麗な声をしていたため、旋律のりつからとって李津なんですよ、と言おうと思ったけれど、やめた。感覚のみで生きているせいか、こういう説明的な言葉をあの人は一番嫌う。

「僕は、君のことが好きだから、ずっと傍にいるんだよ」

 だから、私はあの人がそう言ってくれた言葉を、半分くらいしか信じてない。世間のしがらみや常識から外れて生きているのだから、私のことを好きじゃなくなれば、あの人は私の前に現れた時のようにするり、と私の前から居なくなってしまうのだろう。喩え、私たちが法的に認められた手続きを踏んで、一緒に暮らすことを選んだとしても同じことだ。

「もう少し、素直になればいいのに」
「誰のせいでこうなったと思ってんの」

 私の言葉から敬語が消えたころ、ようやく私たちは同じ部屋で眠るようになった。一つの布団の中で、足を絡めて眠った。広い胸に顔を押し付ければ、幸せの匂いがした。

「何が食べたい? 私はイタリアンがいいな」
「じゃあ、イタリアンにしようか」

 わたしがやっと、自分の意見を主張することが出来るようになったころ、私たちは法的な手続きを踏んだ。しかもその日に私の誕生日を選ぶなんて、あの人も大概ロマンチストだ。

「どこに行く?」
「静かなところならどこでも」

 ようやく、あの人が意見を出してくれるようになったころ、家族が一人増えていた。感覚のみで生きるあの人が、名前をつけるためにさんざうんちくを垂れていた。仕事から帰ってきたらすぐに、小さな彼女の寝顔を見つめて微笑む後ろ姿が、私は堪らなく好きだった。

「今日は、お酒でも飲みに行こうか」
「そうね」

 こんな会話が自然になったころ、小さな彼女は、あの人に似た男の人のところへお嫁に行った。あの人は、柄にもなく目に涙をいっぱいに溜めていた。そんなあの人を横目で見ながら、私も泣いた。

「今までありがとう」

病院のベッドに横たわり、あの人に最期の言葉を投げた。あの人は私の手を握り、何も言わずに泣いていた。いつのまにか、あの人と出会って六十年が経っていた。
初めて出会った時から今までずっと、あの人は私の傍に居る。